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明治期を揺るがした征韓論・内治優先論の目的とは

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明治期を揺るがした征韓論・内治優先論の目的とは

明治期を揺るがした征韓論・内治優先論の目的とは

日本史の授業で「難しい」「ややこしい」と頭がこんがらってくるのはいつぐらいでしょうか?

私がよく質問されるのは幕末から明治維新になっていく時代

もう一つは、第一次世界大戦の少し前辺から第二次世界大戦の終戦の時代

これらが一番質問が多いのではないかと思います。

 

この時代に共通している事はなんでしょうか?

それは外国との関わりが増えるということです。

しかし学校では必ずここを深く教えます。

なぜなら、ここが日本の転換期だからです。

そこで今回は明治維新のある出来事について解説していこうと思います。

それは

「征韓論」

「内治優先論」

です。

では!詳しく見ていきましょう!!

明治維新とは

200年以上続いた江戸幕府の時代が終わりを迎え、天皇中心の新しい時代が始まる

「明治維新」

江戸幕府は閉鎖的政策である

鎖国

をしておりオランダなどの少ない国との貿易しか行っておりませんでした。

そして段々と力がなくなって江戸幕府を倒す動きが高まりました。

坂本龍馬

を始めとする

西郷隆盛

高杉晋作

戸孝允

などの働きで、

明治維新

が始まりました。

明治維新の一つの政策が海外との貿易でした。

不平等条約を結ぶ形にはなったが、それにより

繰綿

文化

発明

が日本に入ってくる形になりました。

これを機に日本の近代化が始まったのであります。

そして、日本は遅れを取り戻すために海外へ勉強しにいく必要がありました。

海外との差を知る岩倉使節団

そこで海外へ勉強しに行く

「岩倉使節団」

が編纂されました。

主なメンバーは

岩倉使節団

(引用元:東京と、大久保利通と。)

・(中)岩倉具視
・(左)木戸孝允
・(右)大久保利通
・(右上)伊藤博文
・(左上)山口尚芳

です!

凄い面子がそろっていることが分かりますね。

初代内閣総理大臣の伊藤博文も岩倉使節団の一員だったのです!

内閣総理大臣についてはこちらでまとめています。

また、替え歌で全内閣総理大臣を覚える方法もあるので気になる方はこちらも是非読んでみてください。

参考【あら簡単!?】歴代総理大臣の簡単な覚え方とは??

【あら簡単!?】歴代総理大臣の簡単な覚え方とは?? 歴史上の人物の名前を覚えるのが難しい! といった悩みを抱えている人は大半であろう。 ・藤原氏の名前が多い・北条氏の名前が多い・徳川家の名前が多い・歴 ...

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彼らは

海外の政治や憲法などを学ぶため

に渡航しました。

また

不平等条約の改正を求めるため

にも渡航しました。

不平等条約の改正こそ失敗に終わったももの

岩倉使節団

が海外で学んだものは日本人にとって衝撃的なものでした。

それは一体なんだったのか。

武力で国を維持しようとする征韓論

一方、岩倉使節団の主要メンバーが海外へ行っている期間の間、日本の政治を放ったらかしにするわけにはいきません。

留守政府

として日本の政治を動かす役割りの人物もいました。

留守政府とは岩倉使節団が留守の間の日本を守るための国内の体制のことを指します。

 

彼らが

「征韓論」

を唱えたのです。

征韓論

征韓論のメンバーとしては

西郷隆盛

板垣退助

江藤新平

副島種臣

後藤象二郎

などがいました。

こちらも今後の日本の歴史に大きな影響を及ぼす人物達になります。

征韓論とは、武力を行使して朝鮮を開国させようという考え方のことです。

日本の強さを海外に示そうとしたのですね。

ではなぜ強さを示そうとしたのか。

ひとつはロシアの脅威にあります。

ロシアは大国として誇っていました。

そして「南下政策」として朝鮮や中国を奪っていこうとしました。

南下政策とはロシアが高緯度に位置するために漁港が機能しなくなったのでアゾフ海に進出しようとした動きのことです。

そうすると日本に脅威が及ぶかもしれません。

そのため、

朝鮮を開国させ朝鮮の近代化

を目指そうとしたのです。

もう一つは

士族の不満

です。

明治維新に入り士族は仕事を失う形になりました。

士族の不満は高まるばかりにありました。

その不満を仕事に変えるために朝鮮を武力で開国させようとしたのです。

これ以外にも様々な目的が存在していましたが、この二点が主な目的にあります。

これが

「征韓論」

の考え方・目的です。

国の中から立て直す内治優先論

日本内部で征韓論が高ぶっている最中、岩倉使節団が日本へ帰ってきました。

すると

征韓論

が高まっていることに驚きました。

岩倉使節団は海外で勉強してきたことで、日本がいかに時代遅れなのか身に染みて感じることになりました。

内治優先論

海外ではなく日本内部を整えるべきだ!

という

「内治優先論」

を唱えたのです。

当時の日本の政治や憲法、法律や武力、文化が遅れをなしてることに危機感をもった岩倉使節団。

征韓論による考えには断固反対でした。

「征韓論」

「内治優先論」

は真逆の意見であったため明治政府による話し合いが始まりました。

その長い話し合いの結果、

日本国内の体制を整えるべきだという

内治優先論

の考え方が最優先だという結論に至りました。

自分たちの意見が通らなかった

西郷隆盛

板垣退助

らは明治政府を去ります。

まとめ

これらが

「征韓論」

「内治優先論」

の詳しい解説でした。

その後、板垣退助は弁論をするための自由民権運動を行います。

西郷隆盛西南戦争を勃発させることになります。

明治政府は征韓論を反対したものの、結局のところは

「江華島事件」

などで武力制圧を行います。

これらの話もおいおい話していきたいと思います。

前回の記事もここに貼っておきます。

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