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<歴史好き必見>コロンブスが勘違いで生んだ西インド諸島の由来を徹底解説!!

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<歴史好き必見>コロンブスが勘違いで生んだ西インド諸島の由来を徹底解説!!


<歴史好き必見>勘違いで生まれた西インド諸島の由来を徹底解説!!

今回は中学の社会から登場し有名人であるコロンブスについてになります

皆さんはコロンブスといえば何を思いつくでしょうか?

 

「大陸を見つけた人!」

「西廻りした人!」

 

この辺の情報があればあまり困ることはないと思います

高校の世界史受験ではもっと深くまで知る必要がありますが...

 

そんなコロンブスについて高校の世界史よりも深い部分を知り、コロンブスのことを完璧に知っていこう!これがこの記事の目的となります

それでは行きましょう!

 

 

航海を始めた経緯

まずはコロンブスの生い立ちを軽く説明すると、彼は1451年に生まれました

そして10代の頃から商船に就職し、熟練の同業者たちと一緒に仕事をして腕はかなりのものでした

 

そんな当時、オスマン帝国メフメト2世が、東ローマ帝国(ビザンツ帝国)という国を1453年に滅ぼしました。この一連の騒動は何を意味すると思いますか?

東ローマ帝国の位置を確認してみましょう⇩

ソース画像を表示

(出典:Microsoft Bing)

つまりオスマン帝国は地中海の貿易権を独占したのです

するとヨーロッパの西のほうにあるスペインやポルトガルといった国々は地中海が使えないわけですから新たな交易ルートを確保する必要があるわけです

これが大公開時代の始まりと言われています

先に動いた国はポルトガルでした。この国は早くにレコンキスタを終え交易ルートを探しに海に出ました

(レコンキスタとはキリスト教徒徒が所有していたイベリア半島をイスラーム教徒に奪われてしまったために取り返そうとする運動です)

彼らは東廻りに航海しインドまでのルートを開拓していました

隣国のポルトガルに先を行かれたスペインは当然焦ります

ここで先ほど登場したコロンブスの出番です!

彼はトスカネリという人物が唱えた「地球球体説」を信じていました

その説からポルトガルとは逆の西廻りでもインドにつくことができる!そしてこのルートのほうがさらに早く到着できる!」と当時の国王夫妻イサベル女王とフェルナンド王に訴えます

こうして国王夫妻を説得して黄金を見つけるという名目のもと資金を調達してもらい大海原に出ることができました

これが皆さんの知るコロンブスという人物の航海するまでの経緯です

 

コロンブスが航海した場所

まずはコロンブスの航海路を確認していきましょう!

(出典:世界史コロンブス 航海 ルート - Bing images)

 

コロンブスは全4回の航海をします

どこの国に行ったのか?

それを1つ1つ航海ごとに細かく見ていきます

1回目

1492年、コロンブスとともに仲間たちは出航しとある島に上陸しました

それは現バハマ諸島である「サンサルバドル島」です

先に述べましたがコロンブスたちはインドまでのルートを探して出たため、ここはインドではないがこの島に住んでいる人たちはインド人だと思い込み「インディオ」と名付けました

そのまま公開を再開し次に「キューバ島」(現キューバ)を発見しました

ここでは船員が探索に出たところ、「奥地に村があった。そこでは男女が何か棒状のものを吸っており船員にもくれたので吸ってみると飲酒後のような体が軽くなったような気がした」と、ありました

村の人とはグアカナガリ族と言う民族であり、この当時の世界にはまだないたばこを発見したのです

 

そして島を出てすぐにスペインの海岸に似ている島を発見しました

これを「イスパニョール島」(現ハイチ)と名付けそこに船員を何人か残してスペインに戻りました

これが1回目の航海です

キューバの発見やたばこの認知など当時にとっては未知のものを知ることができ価値のある航海となりました

2回目

今回の航海準備は順調に進み難なく出航することができました

マリガンテ島・プエルトリコ島・グアドループ島・ドミニカ島と次々に島を見つけていきました

このまま第1回で発見したイスパニョール島(現ハイチ)に向かい残した船員を拾うつもりでした

しかし、彼らはグアカナガリ族と敵対する先住民部族によって皆殺しにされていました

さらに追い打ちをかけるかのように、イスパニョール島は大陸ではなく島であることが判明したりコロンブスがここを中国だと言い張ったものの黄金が全く見つからず、コロンブスに対する不信感は強まっていきます

このまま南アメリカの探索に続きました

この探索には「アメリカ」の名付け親 アメリゴ・ヴェスプッチも参加していたとされています

ここでコロンブスは色々な発見をするのですが独り占めしようと船員にはまだ何も言わなかったのです

 

一方、植民地ではスペインに統治されることに反感を覚えた先住民との抗争が始まり、統治しようとしたスペイン人も本国に帰りたくなったりと不穏な雰囲気が漂いました

 

その結果、本国でコロンブスに対する評価が右肩下がりになり始めます

 

3回目

この状況では皆さん分かると思いますが航海の準備なんてスムーズに進むわけありません(笑)

3回目に参加した者はただ黄金探しをしたいという流れ者がほとんどでした

船は全8隻で最初に3隻を直接ハイチに向かわせました

コロンブスと残りの船は未踏の島々に行きますが黄金は見つかりませんでした

そして何の収穫もないままハイチに向かうと反乱が激化し、何とか鎮圧できたもののコロンブスの評価は最低点まで下がり誰も彼を信用しようとはなりませんでした

そしてここで2回目で述べたようにコロンブスは色々な発見を隠していましたがこのタイミングでそれがばれてしまいもうどうしようもない男になりました(笑)

このまま帰国し王室に呼び出されコロンブスの大陸探索権が剥奪されてしまいます

 

4回目

しかしこんなコロンブスに転機が訪れます

先に航海をしていたポルトガルが植民地獲得のために極東進出の計画があり、その情報をスペインが得たのです

これを聞いた王室は新大陸に大西洋とインド洋を結ぶ航路があるかどうかを調べるようにコロンブスに命じました

コロンブスはすぐに出航したのですがカリブ海に近づく際にハリケーンの襲来に気づきます

他の船にも知らせようとしますが時はすでに遅し

コロンブスの船だけが助かってしまったのです

彼はこのままでは終われないと先の航路を見つけるためにホンジュラス方面に向かいます

パナマに到着したもののかかった時間は約8か月

船はボロボロ。船員は疲れ切っています

ここでコロンブスは帰国を決断しました

帰る途中に遭難などさらに追い打ちをかけるような事態も起こりましたが救助の船が来て無事本国に帰国することができました

帰国後すぐに王室に向かうと衝撃の事実が待っていました

なんと支援などをしてくれていたイサベル女王が死に伏していたのです

この2年後コロンブスも人生の物語に終止符を打ちました

 

コロンブスの卵ってなに?

これはおまけになるのですが皆さんは「コロンブスの卵」とうフレーズを聞いたことがあるでしょうか?

今回の記事を作成するにあたってコロンブスに関連するものとして「コロンブスの卵」があったので紹介させていただきます

コロンブスは新大陸の発見をしたのはメジャーなお話ですよね

当時の人はコロンブスに対して「新大陸の発見なんて誰にでもできる」などのように中傷をうけることがありました

それに対してコロンブスは「それではこの卵を机に立たせてみよ」と言いました

普通に考えて無理な話です

誰も立たせるこてはできませんでした。一人を除いて...

コロンブスは卵の底を机で軽くたたき割り立たせたのです

周りの連中は「そんなのずるい」と言いましたがコロンブスは

「後からなら何とでも言えます。簡単だと思うようなことでも、見つけ行動したことに価値があるのです」

と言いました

つまり「コロンブスの卵」とは

発想の転換です

物事を一つの視点から見るのではなく多面的に見る必要があるのです

まとめ

いかがでしたでしょうか?

今回は中学なら社会、高校なら世界史で問われることがあるコロンブスについてでした

皆さんの知っているコロンブスとのイメージのずれはありましたでしょうか?

もちろん私は今回の記事作成で全く違うコロンブスを知ることができました

かなり深い部分になってしまったのですが中学・高校の勉強で全く使えないということはないと思うのでぜひ何かでご活用ください!

それではまた次回の記事でお会いしましょう~!!

 

 

 

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