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『本能寺の変』の謎③ 織田信長が生き延びたなら!?

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『本能寺の変』の謎③ 織田信長が生き延びたなら!?

『本能寺の変』の謎 ③

 

今回も前回の続きである、本能寺の変の謎について述べていこうと思います。

『本能寺の変』の謎 は、①・②・③・④の4編成で書いております。

そして今回は③でございます。

もしあの偉人が生きていたのならば...

とするならば、すごくロマンな歴史になるとは思いませんか!?

実は死んだとされている偉人が生存していたという説は、数多あるのです。

その一つに「本能寺の変」の生き残り説があります。

今回はある偉人の生存説について述べていこうと思います。

よろしくお願いします。

 

 

前回までのおさらい・本能寺の変の通説

①では、明智光秀は本能寺の変をなぜ起こしたのかについて語りました。

怨恨説や野望説が通説なのではないかと述べましたね。

➡➡『本能寺の変』の謎①

②では、更には本能寺の変の犯人には黒幕がいると語りました。

朝廷黒幕説や、足利義昭黒幕説、豊臣秀吉黒幕説などがありましたね。

➡➡『本能寺の変』の謎②

このように、本能寺の変で織田信長は家来の謀反により腹を切る形で亡くなりました。

そして、明智光秀は豊臣秀吉により山崎の戦いで倒され、最後は落ち武者狩りに合い殺されました。

これが歴史の授業で習う通説です。

しかしこれを一転する説があるのです。

・織田信長生存説

・明智光秀生存説

です。

えっ、死んだんじゃないの???

 

 

いや、実は死んだという物的証拠がどちらもないのです!

 

気になるところですよね。

それでは詳しく見ていきましょう。

織田信長生存説

織田信長は本能寺で火の海の中で自害したとなっていますよね?

もちろんこれが通説である以上、自害したというのが一番可能性があります。

しかし生存していたという可能性も無きにしも非ずというのです。

ではなぜ織田信長が死んでいないのか。

 

それは、織田信長の遺体を誰も見ていないからです。

 

遺体はどうなったのか?

 

・織田信長の家臣か、お坊さんが遺体をどこかに運んだ。

・本能寺を火の海にした為、遺体が焼かれて灰になった。

・火薬があり、火が点火して大爆発の末に遺体が跡形もなくなったから。

 

この可能性であるならば、なぜこうもしてまで信長は自分の遺体を明智光秀に渡したくなかったのか。

それは

 

・明智光秀に遺体を晒されたくはなかった。

・遺体がある事で死んだ証拠になり、様々な家臣が光秀に付く可能性があるから。

 

であります。

可能性としては十分あるでしょう。

しかし今回は生存説です。

信長は裏ルートを使って生き延びた為に遺体は確認されていないというのです。

脱出した説には

・薩摩に逃げ延びて九死に一生を得たが、損傷が激しく、あえなく死んでしまった。

・フィリピンに逃げ、イエズス会のお陰でヨーロッパに渡った。

・脱出して豊臣秀吉に合流したが、黒幕は豊臣秀吉だったため殺された。

というのがあります。

どれも証拠が無いため何とも言えませんが、日本の歴史人物では超人気を誇る織田信長は生きていて欲しいと願う、歴史バカの私でございます(笑)

私は信長が生き延びていたとすると、必ず反旗を翻していると、思ったり思わなかったり。

そういった考えでいくならば、やはり死亡したのか。。。

いや、遺体が見つからなかったのならば生存の可能性もある。。。

もしかしたら薩摩まで逃げ延びて、帰蝶(濃姫)と2人仲良く余生を過したのか。

知れば知るほど、考えれば考えるほど謎は深まるばかりですよね。

でも間違いなく言えることは、死亡したにしろ、生存してたにしろ信長の遺体が見つからなかったことが、光秀には大誤算だった事に間違いはないでしょう。

まとめ

今回は織田信長生存説について述べました。

どの時代でも遺体が見つからなかったということで、色々と錯乱があるものですね。

あの第六天魔王と称されていた織田信長でさえ、明智光秀の謀反にはどうすることもできなかったのでしょう。

是非に及ばず・・・仕方のないことだ

と自分の寿命を悟り

人間50年〜と舞を踊ったとされてしまいますしね。

これも織田信長らしい最期ともいえますよね。

戦国時代に生きるべくして生き

戦国時代に死ぬべくして死んだ

と言っていいでしょう。

怖い人物だったと言われ恐れられていたとされているが、私は凄く好きな戦国武将であります。

惜しくも天下統一の一歩手前で死ぬ形となったが、天下人の1人として数えられるほどの人物だった事に異論はないでしょう。

次回は本能寺の変の謎④です。

最終回もぜひ見てください。

ご精読ありがとうございました。

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